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カムイが教えてくれたこと...「約束の時」 [その他]

ヒーリングスペース カムイ」の、「カムイ」とは、愛する亡き長女(茶トラの雑種猫)の名前です。
デューク自然療法クリニックのHPのはじめのフラッシュに登場している子です。

彼女が魂の故郷に帰っていったのは、20年近く前のことです。

当時は、まだ一般西洋医学の視点で治療に励んでいたころです。常に、最新、最先端を追い目指していました。

カムイにも、最新と最善をもって、全身全霊で治療していました。

勤務先の病院で入院治療をしていたカムイ、晴れて退院、というその日が来るのを信じて、いや正確には信じたくて、退院の時に連れて帰るための素敵なバスケットや、退院祝いのための可愛い首輪を探しまわりました。当時はネットで探して購入という時代では無かったので、休みの日に遠くまで足を運んで探しに行き、ようやく心から納得できる素敵なバスケットを見つけ、首輪は可愛すぎて一つに絞り切れず三つも買って、、、

今思うと、いや、当時も薄々感じてはいたのですが、くじけず希望をもって治療に取り組み続けられるように、と、自分を奮い立たせていたのだと思います。

しかし、生きて家に連れて帰ることはできませんでした。


カムイが死んでしまった。。。

どうして?

なぜ?


医学的な死因は答えにはなりません。


どうして? なぜ? なぜ今死ななきゃいけないの? 

どうすれば良かったの?


なぜ? なぜ? なぜ?


何か月も何か月も、ずっとずっと、自問自答を繰り返していました。

どの時点で、何をどうしていれば、この死はさけられたのだろうか?と時間を遡って、どんどん遡って、ずっとずっと、考え続けていました。(治療法の選択という意味ではありません。)


そして、半年以上は経った、ある日。


いつものように、夜遅く仕事から帰り、二人の子供(バーニーズマウンテンドックのデュークとシベリアンハスキーのラフィー)の散歩に出かけました。
今でも鮮明に覚えていますが、月明かり、という言葉が自然に浮かんでくる、とっても月が明るくきれいな夜でした。夜更けの静かな住宅街を、デュークとラフィーとともに、月明かりに照らされて歩いていました。散歩しながらも頭の中は、記憶を遡らせ、「あの時こうすれば良かったのか?あの時ああすれば良かったのか?」と考え続けていました。
そしてどんどん時間を遡って検証していくうちに、そもそもの事の発端になったのは、、、
入院治療が必要な事態になったのは、、、

、、、いつもと違うところに椅子を置いていたためだった、、、というところに行き当たったのでした。

これを読んでいるだけでは経緯詳細が不明で、なんだかサッパリわからない、と思われるかもしれませんが、大事なのは経緯詳細ではなく、この、「いつもと違うところに椅子を置いていただけ」ということが事の発端になっていた、ということに気付いて、このことに気付いたその時、「それは、もう予想もできなかったし、回避は不可能だった」と悟ったことなのです。
「これは回避不可能なことだったんだ。。。」
その時、天から何かが落ちてきて、頭を突き抜け、胸にストンと、まるで失くしていたパズルのピースがピタリとはまるように、「約束の時が来たんだ。」と理解したのでした。
カムイは、天からこの世にやってくる時に、再び戻っていくまでの時間を天に約束してきていて、「その約束の時が来ていたんだ。しかも、その約束の時は実はもうかなり過ぎていて、延長に延長を重ねて、私の傍にいてくれたんだね。でももう帰らなければいけなかったんだね。この世から天に戻るには、死という手段をとるしかないんだもんね。。。ありがとう、こんなに長く、一緒にいてくれて。ありがとう、ずっと愛してくれて。。。」

カムイは、自らの死を通して、全ての死における普遍的答えを教えてくれました。

私は、獣医師という仕事柄、実に沢山の死にも立ち会います。
その中には、誰から見ても幸せな大往生と思える死もありますが、あまりに理不尽と思うような死もたくさんあります。なぜ?どうしてこの子がこんなに早く死ななきゃいけないの?飼い主さんも良い人で落ち度もなく何も悪くなく、この子も何にも悪くないのに、なぜそういう運命なの?納得いかない!と思う時もいっぱいありました。
その答えも、カムイがくれました。
ただ、約束の時が来ただけなのだ、と。
どんなに短くても、それは、元々天に帰る約束をしてきた時間なのだ、と。
そして、天に帰るための、通り道として死があり、死ぬための現象が必要で、そのために起きた事象なのだ、と。
我々は、その約束の時を前もって知ることを許されてはいないので、「普通なら」と想定する時間よりも短い一生だったりすると、そしてそれが短ければ短いほど、理不尽に思え、不幸に思えたり、何か非があったのではないかと自分を責めたりするけれど、実はその時間は、すでにこの世にやってくる前に天と約束してきた時間で、どちらかというとどんなに短く思えても、大抵の場合約束の時間を延長してできる限り長く一緒にいてくれていたのです。
ということが、純粋に、自然に、確信として私の中に芽生えたのでした。

そして、その約束の時間の間をどこでどう生きるかは、最も楽しんで生きられるところだったり、あるいは最も救おうと思うところだったり、あるいは何かを教えようとしてだったり、その魂の目的と力を携えて、選んだところにきてくれている、ということも同時に確信しました。

このことを伝えたい。。。

機会あって、直接お伝えできた方々もいらっしゃいます。

きっと、もっと、この普遍の真理を知ることで救われる人はいっぱいいるだろうと思います。

「約束の時」の理解が誰かを救えるかもしれません。

その時は、どうぞ、この真理を優しく伝えてあげてください。

(この文章は、ヒーリングスペースカムイおよびデューク自然療法クリニックのHPとブログに同時掲載しております。)
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