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病気の好機 [生きるということ]

きのう、患者さんにお話ししたこと。
知人のクライアントさんの言葉、「自分はガンになって良かった。もし脳卒中や交通事故であっという間に死んでしまっていたら、今までの人生をふりかえることができなかったけれど、ガンになって、死期を意識して、はじめて今までの人生を考えてみた。そして、残された時間を悔いのないように生きることを考えてみた。その機会を与えられて良かった。」
これは、自分がガンになった人間の話だけれど、自分の子供(ワンちゃん、猫ちゃんなど、を指しています)が、ガンだとわかった時も、同じように、私たち人間が、病気のワンちゃん(など)との残された時間の貴重さを意識して、共に生きてきたその生き方を振り返り、共に過ごせる残された時間を悔いのないように生きることを考え行動しよう。そうすることで、今まで以上に、しあわせと感謝に満ちた、時間の密度の濃い過ごし方ができる、そういう機会として、この病気になったことを生かせることを、きっとこの子たちも喜んでくれるだろう。
これは、ガンに限ったことではない。私たちは、共に暮らしている動物たちが健康な時や若い時は、死というものがあることは知りつつも、どこか縁遠い話のように、今すぐには起こらないことのように思って過ごしがちだ。でも、明日は必ずあるのだろうか?別に毎日毎日、明日は無いかも、と怯えて過ごそうというのではない。明日が無いとしたら、アレとコレとアレもしなくっちゃ、ということでもない。どんな心で、美しく濃い時間を共有できるか、もしくは、その一瞬を持つことができたか、という姿勢で共に生きてほしいと願うものだ。

スィートチェストナット [生きるということ]

この国を憂う。
天災より恐るべき、人間達。
今、正しい情報、善意の情報が、逮捕の脅しで削除されるところまで来てしまったこの国。
その事実も多くの人は知らない。
あることが発表されなくなった、その事実を知る人も少ない。
自ら、事実を見るようにしよう。
事実がどこにあるか、気がつこう。
自分が得た事実を、自分で分析しよう。
他の解釈も確かにあるかもしれないが、まっとうに考えたら、おかしなことが多々あることに気がつくはずだ。
今、物理的には、個人レベルでは到底立ち向かえないことが進んでいる。
災害(本当に自然災害なのか?)だけでなく、政治、マネーゲーム、、、、
これらに勝つには、無意識のレベル、潜在意識のレベルで変化を起こして、言論や闘争でなく、変化を起こすしか無い。
これは「祈り」ではない。
他力本願な祈りではだめだ。
自己責任の意識で、すべては、今起きていることのすべてに自分も責任があることを意識して、たとえそれが自分の知らないところで起きていたとしても、それでも自分の中にある質という意味でも、もしくは、知ろうとさえしなかった責任という意味であれ、すべての責任がひとりひとりにある、という意識を持った上で、どううあるべきだったのか、何を改善するべきなのか、を、反省し、正しい姿を明瞭にイメージし、その一員となる確信を持つべきだ。この意識を、この自己改革を、一人でも多くの人が持つことで、潜在意識に変化を起こすことができれば、ごく一握りの(しかしあまりに強大だが)利己的な物質的支配を覆せる。
まだ、希望は残されている。
本当に、今、ひといひとりが、その心を、試され、問われているのだ。
しかし、ひとりひとりに、平等に与えられたチャンスでもあるのだ。
あなたは、どう変わる?
スイートチェストナットを飲みながら、これを書いている。
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心に太陽を。 [生きるということ]

親友から素晴らしい写真を頂きました。
朝鮮と中国の国境にある白頭山から撮影したそうです。
撮影した日にちは、3月18日。
そう、スーパームーンの日です。

意味のある日ですね。
良く見ると、ハスの花びらのように見えます。
そして、その周りの霧のような光。

僕らはまだ神に見捨てられたわけではありません。
僕らの心次第で、地球は救われるはずです。
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平和のために [生きるということ]

今回の地震、被災されたすべての方々に、救済の手がとどきましよう、心からお祈り申し上げます。 今の喪失感と無力感が大きければ大きいほど、強靭な再生力に変換されることと信じています。 そのためにも、ここで、眼を開かねばならないことがあります。 知る必要があることがあります。 今回の地震”も”、過去の地震や竜巻の幾つかで指摘されているように、天災ではなく、一部の人間が意図的に操作して引き起こしたものだ、としたら、我々はどんな反応をするべきでしょうか? 人間が、人間に対して行った、非情で愚かで強欲の行為であるとしたら、我々はどんな姿勢でいるべきでしょうか? 原爆、アウシュビッツ、は、人間が人間に対して行ったと明確ですが、今回のように一見自然災害を装っていると、タチが悪いです。 対抗するためには何が必要でしょうか? 恐怖と悲しみと絶望感は、彼らの思うつぼです。 混乱と無力感は、さらに彼らの力を増幅させます。 といって、彼らに対して怒りをたぎらせても、解決できません。 マインドコントロールも企てている彼らです。 怒りは危険な波長です。 正しい怒りを否定する必要はありませんが、別の波長に変換する必要があります。 物理で言う「エネルギー保存の法則」は、感情にも当てはまるな~と常々思います。失意・絶望は、勇気・希望へ、同等のエネルギーを持って変換できる可能性を秘めています。 憎悪・怒りは、、、、 これはなかなかストレートには変換が難しいですが、そして、よく言われていることですが、結局は、自分の中に存在する同じ要素に気づくこと、それから目をそらさないで認めること、が、第一ギアチェンジですよね。 なんだか、話がそれているようですが、今、非常に危険で大きな悪意が迫っています。 しかし、それは反発によっては消せないし、むしろ増幅してしまう。といって、盲目のままでは、ただただ支配を許すことになるだけなので、今必要なのは、強さと賢明さを持って、もっと次元の高い波動の共鳴を拡げることが大切だと、切に思うので、ここに書かせてもらいました。 ヒットする方がおられましたら、ぜひ、この共鳴の輪を拡げてください。

感謝 [生きるということ]

たった今、今のこの瞬間と、今までの全人生に、感謝の気持ちで満たされ、あふれていくのを感じる。

この衝動のような、この感謝の気持ち、このありがたい思いを、忘れないため、今、ここに、メモしておこう。

寝ようと思って、横になり、眼を閉じた。

昨日の映画の影響もあり、生と死についての思いがめぐる。

そして、すべての出来事に意味があること、寿命とは誰もその期間を知らないが実はこの世を訪れるときに自ら決めてきていること、など、しみじみ考えていたら、今、こうして、そういうことを考えられることに対して、とても有難い気持ちでいっぱいになってくる。そして、今の自分の仕事に対しても、いつも生と死に深く関わるこの仕事に携われることに、心の奥底から、感謝の気持ちがあふれ出てくる。なんて、ありがたいんだ。。。そして、ここに至るまでは、様々なことがあったが、すべてがあって、今がある、という単純な真理に感謝があふれる。この感謝の気持ちと幸福感を、うかつにも忘れることのないよう、ここに記す。

ヒアアフター [生きるということ]

80歳でなおカッコイイ、クリントイーストウッドが監督する「ヒアアフター」が近く公開されますね。

死後の世界に触れつつも、現在を十分に生きることの重要性を語る、彼の哲学。

この映画は絶対見に行こうと思う。

雑誌VOGUE』3月号に出ている紹介文中の、彼(イーストウッド監督)の素敵な言葉を贈ります。

「死んだらゼロになるわけではないというのはナイスな概念だと思う。でも、その概念に重きを置くあまりに人生をおろそかにするのは危険だ。僕は「死」は、人生という旅路の一部でしかないと思っている。僕にとって大事なのは、自分のベストを尽くして生きることなんだ。最期に差しかかったときに人生を振り返って、「やるだけのことはやった。失敗もしたけど、それに勝る成功もあった」と納得したいじゃないか。その先の世界があるとしたら、それはボーナスだと思わなきゃ。」

瀬戸内海にて [生きるということ]

もしかしたら
世の中で起こるすべては
単純なのかもしれません。
そう,単一で純粋なものであり、
そこにたどり着くことができる人も
単一で純粋な人間なのでしょう。
しかし、これがなかなか難しい。
まだまだ修行が足りません。

心に響く言葉 [生きるということ]

待合室に置く雑誌『VOGUE』の2月号が届いた。

2011年を占い読むページがある。

そこにあった、素敵な一文。




・・・2011年をうまく表している私のお気に入りの名言をここに引用します。

人生とは自分探しではない。自分を創造することだ」(ジョージ・バーナード・ショー)。さあ、始めましょう。(by スーザンミラー




ここで、ジョージ・バーナード・ショーの名言をさらにご紹介します。

生きることに力を与えてくれます。



  高潔にして有意義な人生とは、    無為な人生などではなく、    失敗に満ちた人生である。   自分の望みに忠実に生きよ。   さもないと、嫌いなものを押しつけられるはめに なる。





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